槇文彦 
1928 - 
日本の建築家

日本の現代建築を代表する建築家のひとり。
東京大学の丹下健三研究室、ハーバード大学に学ぶ。最初の仕事の名古屋大学豊田講堂で1963年(35歳)に、日本建築学会作品賞を受賞しデビューする。祖父は竹中工務店会長、竹中藤右衛門。
日本建築学会賞 プリツカー賞 UIAゴールドメダル 村野藤吾賞 高松宮殿下記念世界文化賞 日本建築学会賞大賞 AIAゴールドメダル 


略歴

1928( 0歳) 東京都生まれ
1952(24歳) 丹下健三研究室 (外務省庁舎コンペティション)
1952(24歳) 東京大学工学部建築学科卒業
1953(25歳) クランブルックアカデミーオブアート修士課程修了
1954(26歳) ハーバード大学大学院建築修士課程修了
1954(26歳) スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル建築設計事務所 勤務
1955(27歳) セルト・ジャクソン建築設計事務所 勤務
1956(28歳) ワシントン大学準教授 (-1961)
1958(30歳) グラハム・ファンデーション会員 (-1960)
1962(34歳) ハーバード大学準教授、都市デザイン担当 (-1965)
1963(35歳) 日本建築学会賞(名古屋大学豊田講堂)
1965(37歳) 槇総合計画事務所 設立
1965(37歳) ヨーロッパ、アメリカの各大学に招聘  (-1985)
1967(39歳) 毎日芸術賞 (立正大学熊谷キャンパス)
1973(45歳) 文部大臣芸術選奨 (ヒルサイドテラス)
1979(51歳) 東京大学工学部建築学科教授 (-1989)
1980(52歳) 日本芸術大賞 (ヒルサイドテラス)
1985(57歳) 日本建築学会賞 (藤沢市秋葉台文化体育館)
1987(59歳) レイノルズ記念賞  (スパイラル)
1988(60歳) シカゴ建築賞
1988(60歳) ウルフ基金賞・建築部門
1990(62歳) トーマス・ジェファーソン建築賞
1991(63歳) 紫綬褒章
1992(64歳) 朝日賞
1993(65歳) プリツカー賞
1993(65歳) UIA(国際建築家連盟)ゴールドメダル
1993(65歳) プリンス オブ ウェールズ都市デザイン賞  (ヒルサイドテラス)
1998(70歳) 村野藤吾賞 (風の丘葬祭場)
1998(70歳) フランス芸術・文化功労勲章
1999(71歳) アーノルド ブルンナー記念建築賞
1999(71歳) 高松宮殿下記念世界文化賞
2001(73歳) 日本建築学会大賞
2011(83歳) AIA(アメリカ建築家協会)ゴールドメダル
2013(85歳) 恩賜賞・日本芸術院賞
2013(85歳) 文化功労者


書籍

槙文彦〈2〉 現代の建築家
槙文彦〈3〉 現代の建築家
槇文彦〈4〉 現代の建築家
記憶の形象〈上〉―都市と建築との間で
記憶の形象〈下〉―都市と建築との間で
アーバニズムのいま
見えがくれする都市―江戸から東京へ
残像のモダニズム――「共感のヒューマニズム」をめざして
記憶の形象―都市と建築との間で
アナザーユートピア: 「オープンスペース」から都市を考える
Hillside Terrace 1969-2019
建築から都市を、都市から建築を考える
時・姿・空間―場所の構築を目指して
応答 漂うモダニズム
ヒルサイドテラス白書
共感・時間・建築
建築家ー職能の歴史
漂うモダニズム
新国立競技場、何が問題か: オリンピックの17日間と神宮の杜の100年
都市のあこがれ―東京大学槇文彦研究室のその後とこれから
丹下健三を語る: 初期から1970年代までの軌跡
City with a Hidden Past
コミュニタス―理想社会への思索と方法

Recent Work Fumihiko Maki 槇文彦+槇総合計画事務所 最近作から
未完の形象―槙文彦建築ドローイング集
槇文彦のディテール―空間の表徴‐階段
ヒルサイドテラス/ウエストの世界
建築という現在―現場からのリポート
現代日本建築家全集〈19〉菊竹清訓、槇文彦
場のデザイン

【BOOK】

【MOVIE】